今日は予想ではなくコラム記事です。
皆さんはよく、パチンカーをはじめとしたギャンブラーがギャンブルをする前に掃除をする風習、文化をご存知でしょうか?
いわゆる“徳積み”ですね。
徳を積むことで、運気を良くしようという邪な行為にも思えますが、私はそこに大きな意味があると思っています。
迷信のような行為にも、実は本来意味があるはずだと思っていますので、今回はその理由を解説できればいいなと思います。是非お付き合いくださいませ。
何故徳を積むのか
何故ギャンブラーが徳を積むのかといえば、明確に統計をとった訳ではありませんが以下のような理由が考えられます。
- ギャンブルと運は切っても切り離せない
- 運の悪さで負けた経験がある
- 何としても勝ちたい
ギャンブルはその度合いが違うだけでどんなギャンブルも必ず運の要素があります。
私の最も取り組んでいる競馬は比較的運以外の要素が多い方ですが、それでも運気の度合いは大きいし、宝くじなんて運そのものです
。
そんなギャンブルでどうしても勝ちたいとなれば神頼み、運頼みは決して悪いことではなく、動機に従順な自然なこととも言えます。
しかしながらその運というものの正体を正しく把握できなければ本当に運頼みから抜け出せず、ただサイコロを振るのと同じことになってしまうと私は考えます。
私が考える運とは
運とは一般的には偶然の意味を持つ言葉ですが、私は仏教の因果と縁の概念をより近い運の意味に感じています。
因果とはその漢字のとおり、すべての出来事に原因があり、その因に応じて結果が生じるということです。
そこにほんの少し自分ではコントロールの難しい縁の要素があると考えられており、恐らくそれは間違いないでしょう。
縁はラッキーやアンラッキーという言葉に変えてもいいでしょう。腐敗と発酵のように偶然起きた出来事のうち、自分にいいことはラッキー、悪いことはアンラッキーととらえます。
このラッキー、アンラッキーのうち、ラッキーを引き寄せるのが掃除のような徳積みなのだと思っています。
徳積みでラッキーを引き付けられる理由
ではギャンブラーの行う掃除や願掛けに本当に徳積み、ラッキーを引き寄せる力はあるのでしょうか?
ラッキーをひき寄せるには、ラッキーが起きやすい環境や状況を作る必要があります。
大きな網で魚をとったほうがたくさんとれる確率があがるし、魚のいる場所のほうがたくさん捕まえられるし、人のおおい場所で釣りをすれば釣れにくくなるのと同じです。
では、なぜ掃除がギャンブルに影響を及ぼすのか?という話になります。
勿論、掃除は何もギャンブルとは関係ありません。しかし、無いからこそ、関係があると思うのです。
掃除とは自分を整える行為
掃除が好きな人はいるかも知れませんが少なくない人が掃除は大変だと考えているのではないでしょうか。
自分の部屋や職場でも大変なのに、見ず知らずの人の汚した場所、物を掃除するのは本当に大変なことです。
その掃除をしようと思ったときに、心が焦っていたのではとてもできません。
逆にいえば、他人の物や場所を掃除しようと思えるときは、心に余裕があるということです。この心と時間、身体に余裕がなければ、掃除などできやしないのです。
つまり、掃除をすることで逆説的に心に余裕を作る。この心の余裕を作る行為、自分を安定させる行為こそがギャンブラーの掃除の真意だと思うのです。
ギャンブルとは思考と判断
ギャンブルとは思考と判断の繰り返しです。
答えのない課題にひたすら挑み続けるのがギャンブルの本質です。
ですから、ギャンブルをするときに心が整っていないと正しい思考、判断はできません。
正しい思考、判断をしていても、ギャンブルに負けることはありますが、私個人の感覚では心が落ち着いている時にするギャンブルと、そうでないときでは確実に勝率は違うと思っています。
負けまくってひりついていても、それを楽しめる余裕があれば少なくない確率で、捲れるものです。
ですから、ギャンブルをする上で心の余裕は必須であり、自分の心と頭をニュートラルに保つ為の手段として徳積みがあり、その具体的な手段として掃除をするわけです。
掃除をしたから当たるのではなく、掃除をすることでギャンブルに必要な因を獲得したことで、縁(運)を引き寄せ、勝つという結果を獲得しやすくなるということだと思います。
だから実は掃除じゃなくてもいい
掃除をすると以下のような効果があります
- 嫌なことでも平気でできる心の余裕ができる
- 動いたり達成感がありスッキリし邪念が消える
- 心の余裕ができるので結果に一喜一憂しない
- ギャンブルを楽しめる
自分を平常に保つことで、ギャンブルによる副作用の発現を最小限に抑えることができると思っています。
逆に、心を整えずにギャンブルに挑めば、たまの大当たりに心が踊って結果的に負けてしまったり、小さな敗けを取り戻そうと気付けば大敗なんてこともあると思います。
なので徳積みは決して掃除じゃなくてもいいと思います。
そうした徳積みの趣旨を考えれば、何も掃除そのものは手段であり、目的ではないはずです。掃除で自分に余裕を持たせることができるのならば、それでもいいでしょうが、例えば本当に祈るだけでもいいと思います。
大切なのはギャンブルに挑むときに自分を整える方法を持つことです。
いつでもその行為をすることで自分を整えることができ、ギャンブルに向かう心を作れる行為があるのであればなんでも良いのです。
筋トレをするとか、ご飯を食べて空腹を満たしてからとかそういうのでもいいと思います。
運が良いという人はそうした自己のコントロールが上手い人なのだと思います。
まとめ
因みに私は現地競馬のときは必ず御参りをしてから勝負にでます。
その時は大抵勝ちで終わることができています。
現地に行けないときは自分の心が落ち着いているタイミングでギャンブルをしますし、仕事が充実しているときはよくあたります。それは、やはり心の余裕からくる判断の結果なのだと思います。
ぜひ皆様も、ギャンブルで遊ぶときに自分に余裕を持たせられるよい行為を見つけてみてください。