もしも同じメンバーで、オークスがもう一度開催されたとして、私はもう一回今村聖奈の乗るジュウリョクピエロを買えただろうか。
答えは「わからない」。
馬は確かに強い。騎手の性別やジンクス、セオリーや統計などというものは競馬では何の役にも立たない。それは競馬ファンなら誰しも知っている常識だ。
だからこそ、今村聖奈の乗るジュウリョクピエロは魅力的であり、そして競馬のセオリーに従い定石を踏むならあり得ない選択肢だったのだ。そんなジュウリョクピエロの一体何が問題だったのか。
①騎手が女であること
今村聖奈は女である。誰しもが認める規定事実でありながら、だからここ勝負を惑わせる大きな事実。
実際、様々なスポーツを経験し、観戦を続けた私だが、騎手が女であることは果たしてどれ程問題なのか想像の域を超えない。
しかしながら、競馬は特定の一般のレースで女性騎手はハンディキャップの利を得ることができる。勝利数に応じて減量が認められるのは男性も同じだが、女性騎手の場合、見習いをこえても2キロのハンデを貰うことができ、これは即ち女性が男性よりも競馬という競技で劣っていると認識されていることの証左である。
つまり、こと特別レースや重賞レースのようにハンデの適用のない場合、女性騎手を起用するのはそれだけのリスクを伴う判断となる。
それを表現するように、中央競馬G1戦線での女性騎手の勝利はなんと今回が初。今村聖奈はその偉業を手にしたことになる。それだけあり得ない選択肢を陣営は選択し、競馬ファンを悩ませたのだった。
➁パドックでの最悪な様子
その上、パドックでの様子は最悪だった。未熟な三歳牝馬であるから馬体重の変動、調教の内容、そして当日のパドックの様子は古馬以上に強力なファクターとなり注視される。
そんな中で関西からの輸送を行ってやってきたジュウリョクピエロの様子は明確に「最悪」だった。
終始チャカチャカしており、口は動きっぱなし。皮膚の擦れる馬具からは白濁した汗が多量に滴っていた。発汗性の良さは昨今の日本の気候では決して悪いファクターと言い切れない部分はあるが、それでも他の馬が御人好しに優等生を演じるなか、やんちゃがすぎる様子。
落ち着きがないのは今村聖奈も同じように見えた。サークルに誰よりも早く着て、早く馬に乗ろうとした。しかしジュウリョクピエロはその今村聖奈を見るなり落ち着くどころか、背後を見せようとしないように、その場で周回。明らかに初の2400を走る日の三歳牝馬とみた場合、ポジティブには見られないシーンの連発だった。事実私の知り合いはジュウリョクピエロの頭を外した。ギャンブルの性質上、その判断は至って自然だったはずだ。
傾向と歴史が判断を阻害する
オークスは三歳牝馬の頂点を決める競争だ。2400の府中は出走する全ての馬がはじめての体験であり、未知の領域。馬券を買うファンにとっても、この馬たちが2400の左回りでどのようなレースを展開するかまでは予想ですらない想像をするしかない。
そんな想像の中で、最も当てになる統計がステップレース。定石中の定石。例年、ここへ来る前のステップレースは阪神マイルの桜花賞。優先出走権を獲得できるレースだ。
その桜花賞を一等賞で通過したのがスターアニスだった。2歳牝馬の重賞とも言えない、格付だけG1の阪神JFを危なげなく制し、そのまま阪神のマイルをクリアしてきたこの馬には当然、他のどの馬よりも期待が集まった。何も見えない未来という名の闇のなか。唯一光らしい手がかりの二つのG1勝利は競馬ファンにとっては確固たる道標だったに違いない。
事実、例年、この桜花賞を経て参戦した馬がこの10年。七頭勝ち馬を出しているのだからケチのつけようもない。何もわからないといって良いこの状況で、スターアニスを疑っても無視できる競馬ファンは果たして正気か、それとも天才が成せる業か。私には無視をする事はできなかった。
そうした傾向と歴史を見ればジュウリョクピエロは不利。ダート出身馬でありながら、芝に路線を変えて変わり身を見せたのは大きな評価だ。しかし、だからといって重賞で勝ち負けをしてきた他の有力馬を、これまでの近二走のように千切るのは流石に希望的観測にすぎないのではないか。
長い日本競馬の歴史で女性騎手の歴史は浅い。ましてやG1制覇という偉業は飛び級の離れ業となる。今季まだ平場で5勝の騎手がその離れ業をやってのけると信じきるのは、ギャンブルとしても無謀なのではないか。ローテーションのセオリーにも外れ、騎手の能力からいってもセオリーに反し、そこに身銭を投じることは正解なのか。
恐らくは少なくないファンが同様の惑いを持ってマークシートの記入を躊躇ったに違いない。
それでも私はジュウリョクピエロを買った
それでも私はジュウリョクピエロを買った。
理由は至って単純。強かったからだ。
前々走は少頭数の1勝クラス。初の芝でのレース。ダートを二度凡走してのレースだった。
4番手でも少数なので中団になるようなレースだったから、オークスのような大舞台の参考にはならないが、ダートを二度凡走した馬のあがりにしては軽快すぎた。あっという間に先頭に立ってしまうと、そのまま軽い手応えで勝利。
その軽さが本物であることの証明をしたのが忘れな草賞だった。最後方から殆ど何もせずに加速をはじめると、跳び跳ねるように馬場を駆け抜け、馬群を千切った。
「強い、強すぎる。こんなの誰が乗っても勝つんじゃないか」
そう思った。だから後悔した。馬の能力だけが便りなのに、パドックでの姿が悪すぎた。混雑を予想して馬体重発表段階で買ってしまった。大きく損をする、そう思った。
今村聖奈だから勝てた
今村聖奈を懸念していた私だが、レースをふと見返して、そう思い始めている。
馬術、乗馬経験も殆どない私だから根拠は乏しい。しかし、この大レース。あの入れ込みようで他の経験豊富な騎手ならどうしただろうか。
早めに前につけたかもしれないし、馬群をつくリスクを恐れて外へ無理な進路変更をしたかもしれない。
ルメールの話によればドリームコアは少し疲れて外へそれた。それがたまたま進路となり、純粋に中を直進したジュウリョクピエロに勝機をもたらした。
競馬は全てが結果論になってしまう。タラレバを言えばつきない。
しかし、今村聖奈を懸念していた私だからあえていう。今回は今村聖奈だから勝てたのだ。
武豊でも、川田でも、戸崎でも、津村でも、ルメールでも、レーンでもない。今村だから勝てたのだ。
歴史を変えたヒロイン。オークス優勝おめでとう。